梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

どこまでも自由であること、それを子育ての礎としています

 子育てとはなんでしょうか。どこまでいつまでが、果たして子育てか。

 手が離れるまで?いや親である以上は一生でしょうか?

 それとも思春期くらいまでのことを言うのかも。

 子育てとは親の成長でもあります。親とはもちろん育てている者、つまり昨今の言葉では保護者を指します。

 それは外の世界で関わる親のような存在の教師やコーチ、近所の面倒を見てくれる人たちとは、似て非なるものです。

 親は子の「生きる」ことに、責任と使命があります。

 と同時に、その子には自分で歩く人生があり、どこまでも自由と可能性が広がっています。

 

▽結果を評価することが子の自由を段々と減らしていきます。

 自分のことで恐縮ですが、わが息子には、果てしなく可能性の広がっている未来があるのだからスケールの大きな生き方をしてもらいたいと、ささやかながらに願っています。

 決して変な意味じゃなくて、なんの賞を取ったとか、どこそこの学校へ進学できたとか、そんなちっぽけなことからは抜け出して、どこまでも大きな目的に向かってその命のエナジーを燃やしてほしいと思うんです。

 それは僕たち父親と母親が、もっと人間的に成長するためにも良いことです。

 子との生活を通して、両親が自分の未熟さを痛いほど思い知り、自分を鍛え上げることができます。

 親自身の成長が止まり、かつ子を意のままに従わせようとする行為は子の輝く未来を親が潰してしまっていることを意味します。

 それは縛り付けても、過保護すぎても同じことです。

 どちらにしても大人からの干渉が強く、親自身の満足を見たそうとしている行為です。

 スパルタも過保護も、本質的なものは一緒なんです。

 

▽では、そうではない反対の方法はなんでしょうか。

 ひとつは、たとえば「ほったらかし」です。

 親の価値観に揃えさせようとしないことです。

 ガミガミ言わず、至れり尽くせりにもしない、程よい距離感が作られます。

 これは、無関心とか知らんぷりということではありません。

 それでは育児放棄となってしまいますので。

 無責任を言っているのではなくて、親が出しゃばることを意識的に控えるという意味です。

 わが家の方針、いやきっと父親の僕だけの考えだと思いますけど、それを実践するために決めていることがあります。

 それはまず「褒めない」ということ、あとは「評価しない」こと、さらに「させようとしない」ことにしています。

 これら3つはすべて「親の感覚」であるからです。

 褒めるも評価もさせるも、み〜んな僕のレベルで決まってしまうことです。

 自分が一体どれほどの人間でしょうか。

 そう思い至ったときに、僕は瞬時に「育てるのはやめよう」と決めました。

 だって、自分以上の人間に成長しないわけだから。

 

▽肉親として、守ってあげること、支えてあげることは使命だと思っています。

 そのために必要なことはしますが、なにをできるようにしようなんてことは、できれば頭で考えるのもやめようと。

 それなので、勉強やスポーツなんかで賞を取ったり、もしも良い進学・就職ができたとしても、それを親がものを言うことはしないし、そういうことに囚われた生き方を子も親もしないということです。

 上手くいくか失敗するか、それは結果であって、結果でわが生き方が変わるものではありません。

 結果が10でも5でも3でも、今からもっと成長するために未来へ突き進むのですから、人生のど真ん中は学びと挑戦です。

 死ぬまで勉強、死ぬまで成長なんです。

 ただそれだけがあれば充分なので、親が手引きをして良い結果へ導こうとする行為は必要ないと判断しています。

 おそらく実際に、それをしてもプラスになるものはないでしょう。

 自分のことは自分で導くのだし、教育とは自分を成長させる訓練のことです。

 

▽そうなると親のすべきことは、そのちっぽけな価値観で子の未来を「邪魔しない」ことだろうと思います。

 僕自身はそう考えています。

 たぶんそれが一番、子のためであり親のためでもあります。

 いま2歳を迎えた息子と、それからじきにおそらく娘が生まれますが、親なんかにはおよそ想像できないほどの大きなスケールでものを考えて颯爽と生きていってもらいたいと、ただそれだけが親の心からの願いです。

 人生死ぬまで、自分がしたいこと、これからやってみたいことにワクワクして、夢見て挑戦してそれを楽しんでくれたら、きっと本人も良い死に方ができるはずです。

 全力でぶつかっていって、後悔のない人生、長くとも短くともすべて出し切って終える。

 そんな一生になるように、親としてサポートする。

 唯それだけが僕の子育ての信念です。