梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

自粛とは家に籠もることじゃない、禁止することでもない

 このままでは休業や休校、部活動などスポーツ活動禁止が何度も繰り返されることになります。

 僕たち一人一人の自覚がなければ。

 2月から予防ワクチン接種が始まるから良い、のではありません。

 もちろんそれは大きな局面の変化をもたらすでしょうけれど、だからといって気を緩めても安全という判断は己を誤ります。

 いや国を誤ります。

 政府には、ワクチン頼みの印象が強く見えますね。

 どうして緊急事態宣言は2月初めまでと、安易に言い切れるでしょうか。

 決意にしては、各方面に対する指示(正確には要請)が今までと変わりません。

 行動を「するな」と、この一点です。

 

▽これは僕の意見ではなく、客観的事実として言います。

 自粛とは、今のような休業や活動禁止を言うのでしょうか。

 断固違います。

 なぜなら昨年、安倍元首相の即断でそれを数ヶ月も行いました。

 それでもまた元に戻るどころか、10倍以上の感染者数(一日)です。

 動きを止めた分、反動でビョン!と跳ね上がったと見る人もいますが、そう思われても仕方ありません。

 ただ一気に動きを止める荒治療は決して間違いではなくて、本当に用心しなきゃいけない部分が端っこへ置かれたことが、今回の最大の誤りです。

 それは政府が自治体がじゃなく、僕たち国民一人一人が心掛けなくてはいけないことでした。

 

 昨年当時、小池都知事は都民に「家から出るな」と言い、県外住民へは「東京へ来るな」と言いました。

 その横で、一番重要なこういう方法で感染防止、感染予防をしろという具体案の指示(ここもあえて指示と書きます)が置き去られたように図らずもなってしまいました。

 国民の頭には、とにかく「動きたいけど動いてはいけないという国の指示」ばかりでした。

 違いますか?

 政府や行政を悪く言っているのではありません。

 人間の心理として、ポジティブワードとネガティブワードでは確実に後者のほうに気が強く向きます。

 良いことをさらに増やそうとする行為よりも、恐怖や不安から逃れるためのパワーが勝るからです。

 でも、こうならないために現実的に必要なのは、(1)日々のちょっとした用心とそれを(2)継続して行うこと、さらに(3)全員で行うことです。

 

▽必要と言うより「怠ってはいけないこと」が精確な表現でしょうか。

 禁止と休業は、怠ってはいけないことではありません。

 大変な事態であるため、臨機応変におこなった超法規的な措置です。

 この「怠ってはいけないこと」を絶対のルールとして、それを厳守した中での活動をすることが一番の方法でした。

 でも禁止にだけ気が向き、それが解かれたらば次第にもう関係ないとなって、それまでのマイナス分を取り返したいからみんなアクセルを踏みます。

 そりゃベタ踏みですよ。しかも時間の経過が意識の薄まりを生みますから、さらに助長されます。

 

▽ここからどうするか、ワクチンだけに期待して自分ではなにもしないのか。

 意識の中に「禁止をさせられている」それだけしか頭になければ、2月に解除されればまた感染が増えます。

 愚かにそれをずっと繰り返すのです。

 多くの人は、滅多な行動は控えて程々で抑えているでしょう。

 マスクや消毒や手洗いなど、日常的な予防策はちゃんと継続しているはずです。

 でもそれは、たった一部、一店舗、一企業、一団体、一学校、一グループがデタラメをしただけで、このように全体に拡大していきます。

 それが結局、休業休校、活動禁止として自分に降りかかってくるのです。

 だからどうぞ、声の届く距離にもしそんな人がいたら、一言でも釘を刺してあげましょう。

 そして「禁止させられている」という立場は、考え直してください。

 もうすでに充分対策と自粛を行っている人も、そう考えるのはやめて「自分たちで心掛ける」と意識するようにしましょう。

 

 その上で、ここからは個人的な意見ですが、自粛とは家に閉じ篭もることや活動を禁止することではなくて、「これはリスクが大きいからやめておこう」「充分に対策を立てて用心して行おう」という意識的行動であると考えます。

 感染をつくりそうな行動、リスクを埋められないケース、それを「自粛する」のではないでしょうか。

 あくまで自分の判断決断で、責任を以て行動する。

 禁止や制限を言われていなくても、ここまでの事になったらもう良識ある人間なら主体的な決定ができるはずです。

 そのためにも被害者感覚と他人事感覚、これをやめましょう。

 

 常識的に用心し、程々に抑えてスポーツ活動をすることが、本来の取るべき主体的措置です。