梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

あなたはこの子どもの問いにどうやって答えますか?

 教育とは本来、大人が子どもにするものではなくて、自分で律することや勉強して自己を育てていくことだと、僕はいつも言っています。

 それはつまり、子どもだけが対象なのではなく、大人だっていくつになっても教育は必要だと言うことです。

 伸びる人は常に学んでいます。

 僕の仕事のスローガンには自立、自助力、自己教育のみっつがあります。

 あくまで自分を伸ばすのは自分であり、その参考材料(お手本)を外から学ぶのです。

 教育とは、授けるものではなく影響していくものだと考えています。

 

▽なんでお父さんばっかり!って言われたら、説き伏せられますか?

 子どもがジュースを飲み過ぎると感じた親が、「○○ちゃん飲み過ぎだよ、それ以上はもうダメ!」と注意を促しました。

 すると子どもが、「なんで?お父さんだって毎日たくさんビール飲んでるくせに、どうして私はジュース飲んじゃダメなの!?」と問いました。

 素晴らしい反論です。ぐうの音も出ません。

 ごもっとも!な意見です。

 もしあなたがこう聞かれたなら、どのように愛する子そして自分自身を納得させるでしょうか。

 

▽後片付けは親がすれば良い。

 たとえばご家庭で、子の躾として「遊んだオモチャは片付ける」というルールがよくあると思います。

 でもね、でもですよ。

 もし親が自分の部屋とか車の中、身の回りを汚くしておいて、子にはちゃんと片付けろって言うのは筋が通りません。 

 きっと、それだから子は言うことをきかないし、オモチャも片付けないんだと、僕なんかは思うわけです。

 僭越ですが、我が家では僕が部屋の整理整頓をし、子の遊んだオモチャや絵本を片付けます。

 玄関の靴も、僕が揃えます。

 それらは息子が生まれてから突如行動しはじめたのではなく、そのずっと前から自分でそうしようと決めて勝手にやっていました。

 最近は息子も月齢が進み、言葉もよく出て会話できるようになってきたので、床に散らばった絵本やオモチャを元に戻すよう言います。

 ただそれは普段、ほとんどの片付けを僕がしているからであり、あくまで自分が気になるからそれを子にも促しているだけです。

 躾だと思ったことはありません。

 ちょっと雑に言えば、自分がキレイにしている部屋を汚くされると非常に困るわけです。気分が悪いです。

 だから平気で汚してくれるなと、そういう感覚です。

 

▽でも僕にはそれを言う権利があります。

 いつも全部、自分でキレイにしようと努めているからです。

 僕はまず誰にも任せず、すべて自分で行動をしています。

 正直、息子が片付けをしなくてもいっこうに構いません。キレイに保ちたければ、自分のその希望を自分で叶えるだけです。

 その上で、息子にもたまに片付けようと言うことはあります。

 背中を見せているつもりもありません。でも、親が毎日同じように行動していることを、どうやら子はしっかり見ているようです。

 それは行動の質が善か悪かに関係なく、親のしていることを真似したり、一緒にしようとします。

 片付けも、僕がプラレールを箱にしまっていると、同じ行動を始めます。

 きっと手伝っているつもりはないと思います。

 片付けや掃除だと言う認識も、さほどないでしょう。

 ただ、いまは親の行動を興味本位で真似て、後々にその意図や理由を知るんだろうと思います。

 

▽だから僕は親だからじゃなく、責任ある大人として手本となるために、自分自身を律しまた教育する必要があると勝手に思っています。

 息子にひとたびYouTubeを見せると、もうずっとそれが続きます。

 その日はいったん終わっても、次の日もまた見たい見たいとせがんできます。

 そして、それが毎日繰り返されます。

 

 勉強になることはたくさんするべきですが、ただのいじくりならば不要いや悪影響です。

 それをさせたくないのであれば、親自身も携帯をいじくったり、TVを観ることを控えるのがエチケットです。

 子どもだけがYouTubeを見るのがダメで、親はいつでも好きにTVをつけても良いという理由を、僕は持っていません。

 どうしても観たいのに、子への説得力を出すために無理して我慢しているわけじゃありません。

 元々、いまのTV番組には興味がないのでほとんど観ません。

 本やインターネットから必要な情報を引っ張ってくるのと同様に、手に入れたい内容がありそうなときは録画などする場合はあります。

 自分に必要な場合に活用するということであって、そこには行動するための有意義な目的があります。

 それを、まず大人から示すことが大事なのではないかな〜と。

 

▽そういう意味で、教育というのは自分で考え学んでいくことだと言っているんです。

 大人だからと言って、正しいことをしているものでもありません。

 子にはルールをつくり、規制や禁止を設けておいて、その決めている親自身の生き方はどうなのか。

 偉そうに言えるのか?後ろゆび指されていないか?

 親だって人間だし完ぺきじゃなくてイイけど、正義マン装って息苦しくしなくてもイイけど、立派じゃなくたって全然構わないけれど、せめて身を以て示す責任は果たしませんか。

 

 子の悪い行動は、親の真似や影響です。

 自分が映し出されているのだと、理解しましょう。

 他人をコントロールすることを頑張っても、たぶん思うようにはいきません。

 でも環境は人を変えます、環境が人を育てます。

 だったら近くにいる人が、まず正しく良い行動することです。きっと影響します。

 さらに血の繋がった親子ならば、その影響は計り知れません。

 

 やっぱり教育とは、他人に施すものじゃなくて自分で努めるものなんです。

 どうぞ躾と教育を、もう一歩踏み込んで考えてみてください。

 悩むほど、そんなに難しいものではないかもしれません。

 ちゃんと足下をみることができるならば。