梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

正直な子どもと言葉を選ぶ大人

 最近、うちの息子が言葉を覚え始めまして、急激に頭が大きくなってきました。大脳が発達してきているんですね。

 他人の様子もよく観察していて、気にくわないことがあるとおもちゃを踏み付けたり、親を叩いたりを平気でしてきます。

 でもその行動の理由はちゃんと分かります。

 子は気を遣いません。とくに幼児くらいだと、おもねるとか顔色を窺うようなことを絶対にしません。

 正々堂々、思いのままに行動して、強く自分を主張します。

 今の自分の気持ちを、伝わる方法で表現しているのであって、相手を傷つけようとする意図はありません。

 だからこそ、そのやり方が大人にとってはなんとも痛く刺さります。

 大人にとっては辛い表現だからです。それくらい子は真っ直ぐなんですね。

 

▼分かりづらく話すのをやめませんか?

 対して大人は、随分とムニャムニャマンで恐る恐る話しますよね。はっきりモノを言わない。

 奥歯に物が挟まったような物言い、色んな事に気を向け過ぎてかえって分かりづらい説明が、あまりにも多いと実感しています。

 だから伝えたはずだけど伝わっていない、理解できなかったけど聞き返さない、だからズレがあっても済し崩しに進行していって、結局は誰も本題には踏み込まず有耶無耶になる、ということが大人の世界では常です。

 子の世界ではあり得ないことを、大人は平気でしています。

 だから反対に、子のすることが残酷に見えるし気にくわないのです。

 

▼もっとシンプルにしましょう

 私事ですが先日、家のことで専門業者と会話することがありました。

 素直に、相手の説明が何を言わんとしているのか、すごく分かりづらいと感じました。

 なにか言いづらいことがあるのか、こちらに気を遣う中身があるのか、それとも誤魔化したいことがあるのか。

 把握しづらく話されるより、悪い中身でもシンプルに分かりやすく言ってもらったほうが、ぼくには有り難いです。内容がしっかり理解できますから。

 内容が理解できないと読む他ないので、色々と勘ぐってしまいます。物事の進み具合も遅くなりますし。

 

 小さな子は真っ直ぐです。

 キツい表現や行為もありますが大人ほどの悪気ではありません。

 だから怒られても喧嘩しても、区切りがつけば後腐れなくあっけらかんと元に戻ります。

 尾を引かないところが、子どものすごいところです。

 素直な分、ときにトゲが出て失敗することもありますが、恨み辛みがありません。

 

▼教育・子育て分野でも聞き心地の良いフレーズが多い

 それがいつから、歯切れの悪い話し方をするようになるんでしょうか。

 私たち大人の会話は、相手を傷つけないように親切のつもりでオブラートに包んでいるというのとは、ちょっと違うように思います。

 単純に言葉の使い方が難しいのと、また焦点をぼかして話しているから真意が伝わらないんです。

 これはあえてぼかしていると言えます。

 日本では、ものを明確に言うことを「偏り」と見る傾向が強いので、可もなく不可もない、なんにもないフワッとした論調がほとんどです。

 聞こえは良いが、実効性のないことを一体いつまで言い続けますか。

 理想というのは実現可能なことを掲げて果たすために言うのであって、現実味のないことはそもそも理想ですらありません。

 だから聞こえは良くても、現実からかい離している話は意味がないどころか、単なる誤魔化しと顔色を窺うだけの八方美人です。

 

 日常におけるほとんどの話はシンプルにできます。ありのままの事実で真正直に考えれば良いからです。都合とか得を排除する。

 内容の難しい話は何か隠されたものがあり、フェアじゃありません。

 右にも左にも振れる都合の良い物言いも、フェアじゃありません。

  

 もちろん謙虚さと親切の心づかいは大切ですので、その上で大人はもっと、幼き頃のように正直にものを話しませんか。

 そうすれば教育・子育てにまつわる諸々の論争は、実現可能な理想だけが残ってシンプルに整理されていくと思います。