梅原淳の心*體みなぎるエッセイ/Playground Heroes

運動の専門家が子どもたちの成長をスポーツ*子育て*教育など、あらゆる視点から応援します

教育と子育ての問題は大人が勝手に複雑にしています

 教育や子育ての問題を考えるときに、いつも気になることがあります。問題は誰が起こして、誰が表面化させているのでしょうか?

 よくよく考えて、漠然と公に「このようにあるべきだ」を中心にすることが、物事を複雑にしているのではないでしょうか。

 問題じゃないものを、無理からに問題にしていていないだろうかと、強く疑念を抱くのです。

 問題が多くなれば、僕らはみんな不安になります。

 まだ何も起こっていないうちから、未来を勝手に怖がってしまって思い悩むのです。

 教育や子育てはとくに、その手の不安や悩みが問題化しています。

 もっと肩の力を抜いて、等身大であるがままに受け止めてみませんか?

 

▼問題は大人が起こしている

 子どもにまつわる問題の多くは、本当は大人がいたずらに膨らませています。

 子が何かをしでかし、それを叱られたり社会的な罰を受けたりすることを、どうして関係の無い大人が拾い上げてアレコレと騒ぐのでしょうか。

 大人が同じ事をしたらただ個人の問題で済むことが、子どもになると「教育の問題」にされます。

 日本の教育というものを根本から見直そう、話し合おうと、すごく大きな大きな問題にしようとします。

 罰を与えて禊ぎをすることでけじめとすれば良いだけのに、本人はそっちのけで大人同士が、「いかがなものか」「あるまじき行為だ」「責任問題だ」「親が罰せられろ」と、保護者や管理者の問題にしていきり立っています。

 それのどこが教育なのでしょうか。

 

▼大人は脇によけて本人に考えさせましょう。

 問題を起こしたのは大人ではありません。だけど問題視しているのは大人なんです。

 そして勝手に大人が、あれそれをどうすると話し合う。

 

 自分のことは自分で清算させませんか?

 

 自分の力で乗り越えさせることが一番です。それは加害者も被害者も同じように。

 TVなどで流れるニュースは、大人が互いを責め合っているものばかりです。

 なんでも親の教育が、学校の管理体制がと、大人の責任問題の話にしますが、問題を起こしたのが子どもなら、その子どもがどう反省し禊ぎをし立ち直るかが一番重要なことです。

 

 そんなことになど興味がないっていう人、ただ話題性のために話を別の流れにもっていきたいマスコミにまんまとのせられている人、外野から無責任に好き勝手な中傷をする人、そういった安い人間に心を不安にさせられないようしっかり勉強して、自分なりに考えを深める努力が必要です。

 

 子どもの問題を大人の問題にするのはやめましょう。個別の事案を社会的な事案にすることもいけません。

 それらが教育と子育てに不安を広げ、事を複雑にしているのです。